29800円の海外旅行 その15

ミスター・チンに誘導され、バカでかくて綺麗な上海浦東空港チエックイン・カウンターに向かう。この辺りまで来ると、心地よい人混みがあり、多国籍な顔と顔から「旅の終わり」の情感が伝わってくる。そう、そう、国際空港には、この適度な人混がよく似合う。と、旅情に浸る間もなく、ミスター・チンのテンションがまた上がっていることに気づいた。

聞いてみた Q:「この後、一日くらい休むの?」。A:「なに言ってるのボクにそんな時間ないよ。2時間後、今度は別の旅行社の5日間のツアーに添乗よ!」と言うので、手元を見たら、確かに別のツアー旗がすでに準備されている。その働きっぷりに思わず感動! のけぞってしまった。

それで納得した。このツアーの旅程は、2台のバスに分乗し同じコース・ホテルをたどる団体行動となっていたが、もう1台のバスを担当していたオッサン添乗員は、サービス精神に欠け、日本語もガイド知識も、おまけに時折不遜な態度までとる始末。それでいて、ミスター・チンやバス運転手さんにも態度が大きかった。ヘタクソなオッサン添乗員は正社員。ミスター・チンは日本の大手ツアーを掛け持ちするフリーの添乗員のようだった。

さらに聞いてみた Q:「そんなに働いて、お金をためてどうするの?」 A:「この上海で、ケーキ屋さんをマネージメントしたいのよ。だから、年中ほとんど休まないよ」 Q:「結婚は?(ミスター・チンの年齢は30代前半)」 A:「あ〜、ないない。上海女は強いから、あきらめてるよ」・・カウンター前の行列に並びながら、そんなことを問わず語りしていた。

と、ミスター・チンが動き出した。長い行列にしびれを切らせ、いきなり列の先頭に立ち、乱れ気味の行列を整理しつつ空いたカウンターを指さし、それぞれの搭乗客に手際よく指示しだした。この長い行列は、彼が担当したツアー客(我々)以外の搭乗客であふれている。その見事な仕切り方、さばき方は、本当に見事だ。「さすがやねぇ〜」と言ったら、「ちょっとだけ昼寝したい」と、お疲れ気味のミスター・チン。そら、そやろなぁ〜

列の先頭に立った。これで、ミスター・チンともお別れだ。なんだか名残惜しい。見事な仕切りっぷりの彼と、チェックイン・カウンター前で記念写真に収まった。彼のアドレスを教えてもらった。手渡してくれたメモ。そのモーレツに働く顔の中から、なぜか一瞬、「不安の匂い」を嗅いだ気がしたが、次の瞬間きびすを返し、「それでは!」の大声を残し、大股で去ってゆくミスター・チンの後姿には、もう不安のニオイは感じられなかった。

終わり