忘れ物

「預金残」もないのにあっちこっちに銀行口座がある。ながらく商売をしている関係で増えてしまった。なかでも、商売をやりはじめた20代、ずいぶんお世話になった滋賀銀行のものは解約するに忍びない。右も左もわからなかった若造の時代、いろいろと教えてくれた歴代支店長の顔が思い浮かぶからだ。
それに銀行といえば、やっぱり窓口嬢のテキパキとした対応と涼やかなやりとり「ホッ」とさせられることが多かった。
滋賀銀行も良かったが、三和銀行も良かった。池田銀行も捨てがたい、いや第一勧業銀行の浜大津支店や太陽神戸の大阪駅前支店も、そこそこ良かった。さらに、うしろに控えている、やり手の出納係のおっちゃんやおばちゃんも、伝票をチェックし、現金を数え、受け渡しする様子が神業のようで見ていて頼もしく、気持ちよかった。
昔、機械による振り込みは稀で窓口嬢の様子をうかがい、気にいった窓口嬢の所に「振り込みに走る」ことが多かった。口座のない銀行に一回、二回・・・2〜3か月もそんなことをしていると、窓口嬢に顔を覚えてもらってニッコリされ、
「口座をつくられてはいかがですか!」 ニッコリされると断る理由はない。そんなわけで、通帳が増えた。
そのような時代、銀行に忘れ物をしても楽しみがあった。窓口嬢から電話連絡が入り、取りに走る足が軽かった。ちかごろは機械振り込みのあと、忘れ物をしてしまう。あれだったか、これだったか、カバンの中をひっくり返して出してしまった必要もない、他の銀行の通帳を機械の上に置き、忘れてしまう。諸事もろもろの伝票を置き忘れて赤面したこともある。
それにしても日本の銀行はよくできたもので、昔も今も忘れものをしっかりと取り置きしてくれ、連絡が入る。昔とちょっと違うのは、美しい窓口嬢に変わって、ガードマンのおっちゃんから連絡が入るようになったことだ。
昨日また銀行に忘れ物をした。先ほど、ガードマンのおっちゃんから連絡が入った。無条件降伏、感謝感激である。しかし、引き取りに走る足取りはあのころと比べ、やや重い・・。ぼつぼつ銀行口座を始末した方がよい。そんな年ごろになった。